百田尚樹尋問調書全76ページより抜粋

被告代理人弁護士吉田朋「執筆の目的は?」
百田尚樹「大スターたかじんは闘病の2年間全く出てこず、死ぬ少し前に入籍した奥さんと2人きりだった。何があったのか描きたかった。」
弁「原告の部分を書いた理由は?」
百「たかじんは孤独だった。複数の女性を切って奥さんだけにすがりついた。なぜそうなったかというと娘に対する失望、怒りが大きな理由だと思った。」
弁「取材しなかったのはなぜか」
百「出版社ともいろいろ相談したが、理由はいくつかあるが、まず確執が本のテーマではなく、晩年の孤独、娘さんへの思い、これだけで十分と思った。本を書こうと思った時、週刊誌に明らかに娘さんから出た発言だろうというのが結構流れてまして、娘さんから奥さんへの憎悪、敵意を非常に感じ、そういう人に純粋な証言をいただけるんだろうかという思いもあった。まだあります。ここで申し上げてええのかどうかわかりませんが、娘さんが果して本当の事を言うであろうかという思いがありました。と言いますのは、亡くな」
弁「はいもう結構です」
百「すごいここから重要なんですけど」
弁「時間もあるんですいません」
弁「取材を始めたのは?」
百「2014年3月から4月やったと思います。亡くなったのは2014年1月。その2、3か月後」
弁「最初に取材したのは?」
百「奥さんです。」
弁「まず奥さんに最後の2年間について聞いた?」
百「はい。話を聞くだけでなく客観的な資料も確認した。たかじんが生前書き残しておられたメモ、パソコン上に打ち込んでいた日記みたいなもの、奥様が書き残しておられた看病ノート、それが1番メインですが、その後にはまあさらにたかじんさんが残した録音テープ、それからあと裁判所関係の書類とか。」
弁「そういった資料は百田さんがお預かりしてひとりで確認した?」
百「たかじんさんが残したメモは預かっていません。全部奥さん立会いの下で見たことです。一部コピーを頂いたものはありますが。看病日記は何冊かお借りして私自身が個人的に精査したものもある」
弁「奥様から2年間のお話を聞いてから他の方々から取材していった?」
百「はい。」
弁「取材した全体的な時間は?」
百「いちいちメモ取ってるわけじゃないんですが概算して200時間は下らない。奥さんに対して電話も含めて。」
弁「他の人は?」
百「2~30時間はたっぷりあったかなと思います。」
弁「①について」(『女は常に10人近くいた』の記述の件)
百「奥さんの証言。たかじんさん自身本に書いてる。テレビでも公言。関係者も周知の事実。」
弁「②」(野次の件)
百「偲ぶ会の終わりの方で、奥さんが挨拶されて、300~500人が広い会場で立ち食いで食べとったんですが、挨拶するちゅうことでぞろぞろと中央に集まった。私は後ろの方におったんですが、何か野次のような声が前方で聞こえた。はっきりと聞こえませんでしたけど、やめろとか、帰れとか、そういうような声でした。女性の声でした。私の周辺から何かどうもたかじんさんの娘さんらしいでという声が出ました。」
弁「距離は?」
百「わかんないんですが2、30メートルはあいてたかなという感じがします。」
弁「他の方に確認した?」
百「何人もの確認をとった。」
弁「乙23-3-1(閲覧制限)井関に丸?」
百「はい。井関に話しを聞いたということ」
弁「乙23-3-2読んでください」
百「偲ぶ会で野次、母と娘」「早く帰れ、やめろ、何言うてる(何言うんよ)」
百「井関が聞いて私がメモしたということ」
弁「乙24(ペーパーナプキン)早よ、やめろ、帰れとだけ書いてあるけど」
百「2014年9月頃、井関か砂野か覚えてないが、電話で確認をとり、その場にあったペーパーナプキンに書き取った。」
弁「乙25-3-1左下三浦真理子と丸。」
百「三浦真理子さんに聞いたメモ。」
弁「乙25-3-2、偲ぶ会でやじってたのは娘、『早よ帰れ』『やめろ』『何言うてんの』『やめろetc』」
百「三浦さんともうひとり吉田真規子さんからも聞いたような気がします。」
弁「三浦さんにお話聞いたとき吉田さんもいた記憶?」
百「はい。2人のうちどちらかから聞いた」
弁「③(原告の年齢)」
百「たかじんが本で書いてる」
弁「③話したことは?(大事な話があるから電話したら忙しいから行かれへん言いよった)」
百「奥さんに聞いた」
弁「乙17-2って何?(WritingLightのノート)」
百「取材メモ。前半は奥さんがいろいろ私の本を執筆に当たるに対しての資料的なメモです。そしてそれを私がそのままお借りして、後半の余白部分に私が取材メモとしてそのまま使ったということです。」
弁「娘にだけは伝えようとしたら忙しいと言われた。薄情なもんや?」
百「さくらさんから聞いた言葉を記載した。」
弁「④自業自得メールに激怒?」
百「奥様と松本哲朗さんから聞きました。」
弁「乙20-3(コクヨfiller)」
百「奥様が書いた文字。『1月31日報道後すぐお嬢さんがハニーにメールで自業自得やん、食道がんかいな』と。」
弁「乙20-8-1、一番上に『松本哲朗』」
弁「乙20-8-2、『娘には思ってた、ハクジョウやと、自業自得メール』」
百「松本に聞いたということ。松本哲朗さんが、2012年12月たかじんさんと一緒にハワイのマンションで飯を食べていたとき、たかじんさんから娘さんの事でそう聞いたと。金の無心ばっかりしてくるというふうに。それで自業自得やってメール送ってきやがったみたいな、そういうことやったと思います。」
弁「⑤普通の父娘の交流なかった。娘は捨てられたと考えても不思議はない。」
百「たかじんが本で書いてるのであらためて取材はしていないが、関係者に間違いないだろうと確認取ってる。」
弁「⑥金の無心、5千万で縁切った」
百「これはですね、相原という人と、松本哲朗さんと、テレビ大阪のプロデューサーの徳岡さんもこういう発言をされておりました。」
弁「乙15-2誰のノート?」
百「たかじんさんです。」
弁「『娘は金しかない』という記載『感謝もせんと金金金』」
百「いつ書かれたかは書いてない。日付がない。ただ闘病中はずっとこういうメモを肌身離さず置いて、何か思いつくと書いていた。写真の中にもきれいにメモがそばにありますので」
弁「メモを取られてたとさくらさんから聞いたと」
百「はいそうです」
弁「お医者様や看護婦さんからも聞かれましたか。」
百「うーんどうでしょう、そこは覚えてませんね。ただメモは常に持ってたっちゅう話は聞きました。」
弁「乙15-3もたかじんさんが書かれた」
百「はい。」
弁「世の中なめてる。娘の言うこと聞いてられん。」
百「そんなん育ったのはぼくのせい、とあろますね、はい。」
弁「乙15-4 娘が未だ給料」
百「もうてる」
弁「もうてる、ですか。」
百「もうてる、もらってるという大阪弁です。」
弁「一番下が、すぐクビや!これはどういう意味だと理解されましたか。」
百「これは私の理解ですけれども、まあたかじんさんは2年間の闘病中に娘さんに対して相当な失望と怒りがあって、その間もずっとたかじんさんの会社の中に名前が入ってて、毎月お金が払われてたんですね。もちろん仕事は何もしてません。それでもうこの金を払うのは、もう嫌になってもう、もう首にしてしまいたいという、その怒りの発言と。」
弁「というふうに理解してるんですね。」
百「はい、してます。」
弁「乙19-4示します。一番上の所にまた丸がついてて、徳岡丸と、着いてますね。」
百「はい。」
弁「そこの徳岡さんのお話の一番下には、何と書いてありますか。」
百「娘には5000万やって縁を切った」
弁「というメモがあるんですけども、具体的にどういうお話でしたか?」
百「これはね、確か、徳岡さんには2度聞きました。最初に聞いたときに、まあいろいろたかじんさんと出会って、どんな会話をしたかって、何でも思い出してくれって話をしたときに、そう言えば、こんなことがありましたと。これは事実かどうかわかりませんが、たかじんさんは、たかじんさんは、何かのときに一緒に御飯、たかじんさんにごちそうされているときに、たかじんさんが娘はもう何年か前に5000万やって、もう親子の縁を切ったんだみたいなことを、私に言ったと。徳岡さんは言ってました。」
弁「2回聞かれたという話ですけれども、乙25-2示します。ここにも下の部分に、徳岡、丸、と付いてる部分がありますけれども、ここで「たかじん、娘と縁切ったと言っていた」ですか。
百「言っていた」
弁「5000万」
百「はい。」
弁「これが2回目に聞かれた時のメモですか。」
百「はい、そうです。」
弁「女性との関わりなんですけども、この点はどのように確認されましたか。」
百「これも奥さんです。」
弁「乙18-3に「3時前ごろ」ですかね。」
百「はい。」
弁「女とすれ違う云々というところがありますけれども、これがさくらさんから聞かれた部分ということでいいですか。」
百「はい。」
弁「さくらさんが、このようなお話を全部されたということで間違いないですね。」
百「はい。」
弁「一覧表8(わけのわからん韓国女)、この点はどのように確認されましたか。」
百「これは、さくらさんです。」
弁「乙22-3はさくらさんが書かれたものですね。」
百「はい。」
弁「下から9行目に「この日は”メールで、しょうもない韓国女といるらしいな、あたし出るとこ出るよ”みたいなメールが届き、怒る」という記載がありますね。」
百「はい。」
弁「この点を書かれたということですね。」
百「はい。」
弁「こういうお話をさくらさんからもまた聞いたということですか。」
百「はい。」
弁「乙19-3、上から10行目のところに「お嬢さんからひどい」嫌な言葉。」
百「「嫌言メールが来て」いうこと。」
弁「嫌な気分になったと。そこの、これまあここの部分は、さくらさんが書かれた部分ですね。」
百「はい、この黒い部分はね。」
弁「その横に赤字で書かれてる部分があるんですけど、これは百田さんが書かれた部分ということでいいですね。」
百「そうです、はい。」
裁判長「まず、証拠として出されてない部分があるので、10行目じゃなくて、お嬢さんからと今、聞きましたね。それで、コピーが赤になってないもんだから、ちょっと文字で書いた部分と。」
吉田弁「何か分けの分からない韓国女。」
百田「韓国女に世話してもらってるらしいなと。いざとなったら、出るとこ出るよ。私も出るとこ出るよ。」
弁「などの記載の部分は、百田さんがお話を聞いて書き足した部分。」
百「はい。」
弁「そのメールの具体的な中身を聞いて、書き足した部分ということでいいですね。」
百「はい。」
弁「一覧表9(私にもルートはある)、許さんというようなお話ですが、この点は、どのようにしてご確認されましたか。」
百「これも奥さんです。ただ、これ、たかじんさんの気持ちですけれども、遺言書にも娘には一円もやらんと書いてますし、遺言書を作成する前日の録音テープにもとにかく娘さんに対する激しい怒りの言葉と、とにかく一円もやらんのだというようなそういうことを言ってますので、そういう思いが。」
弁「奥様からのお話と、その他、そういう録音とかも確認をしたということですか。」
百「はい。」
弁「乙19-3 6月10日という記載のところで「”親の世話してくれる人を悪く言うなんて考えられん、許さん。気があるなら、こんなメールせん”」という記載がある。この部分についてのお話ということでいいですね。」
百「はい。」